被服支廠とは ――思いを伝えて

旧被服支廠の建物は、約100年前に建てられました。

工事中

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陸軍被服支廠

陸軍被服支廠とは、軍服・軍靴などを製造・修理・保管・供給するところです。今、残っている赤レンガの建物は、1913年(大正2年)に、倉庫として建てられました。一見、レンガ造のように見えますが、日本で最も古い鉄筋コンクリート造の建物の一つで、コンクリートの躯体にレンガが積まれた丈夫な構造になっています。

工事

被爆

この建物は、爆心から約3キロ離れていましたが、丈夫な鉄製の雨戸が曲がるほどの被害を受けました。しかし、火災が発生しなかったため、被爆直後から、臨時救護所となり、多くの被爆者がここで亡くなりました。その悲惨なありさまを、峠三吉氏は「原爆詩集」倉庫の記録として残しています。

このとき、学徒動員により、広島高等師範学校とその附属中学校をはじめとする多くの生徒たちが、被服支廠で働いていました。かれらは、ここで被爆したのです。

配置図

復興

戦後、この建物は、校舎として使用された後、日本通運の倉庫や広島大学の寮として使われ、広島の復興を支えてきました。現在は、空き家となっています。

今、耐震性の不足等を理由に被爆建物に取り壊しの危機が迫っています。現在、活用されている被爆建物でさえそうなのですから、空き家になっている旧被服支廠は、危機的状況にあります。

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